動物と普通に会話をできると思い込んでいた
2016年07月28日
あるところにおじさんがひとりで暮らしておっ
た。おじさんは子供の頃、山寺の和尚に雀や鶴
や猿の出てくる昔話を聞ききながら育ったから
動物と普通に会話をできると思い込んでいた。
信じると不思議なもんで、一語一語手に取るよ
うに分かったもんだ。
ある日のこと、おじさんはそわそわして押し入
れの奥から土鍋を取り出してきた。昔助けたこ
とのあるイジメられていた亀の母親にもらった
あの土鍋のことだ(言い伝えの中ではカッコが
つかないからかいつのまにか玉手箱に変えられ
てしまったようだが、土鍋だ)
亀はあの時、こう条件を付けてきた。
「絶対にこれで鍋をしてはなりません」
先述の昔話ではけっこうさらりと語られるこの
場面だが、実際こう言われたおじさんは、それ
ならいらない、と断った。けっこう嫌なことは
嫌と言える性格だった。亀はあからさまに機嫌
を悪くしサッと向きを変えたと思ったら波に消
えた。残された鍋をそのままにしておじさんも
歩き始めたら、
「兄ちゃん、ゴミは持ち帰らんとアカンよ」、
と通りすがりのカモメに言われ、しぶしぶ持ち
帰ったものだった。
ところが最近近所の猫好きから仔猫をもらい、
猫が土鍋の中で寝るのが好きだということを教
えてくれたから、さっそくあの時の土鍋をいそ
いそと出して来たわけだ。聞いていた通りすぐ
に猫は寄って来て、興味深そうに桃色の鼻を突
き出してスンスン嗅いだ。おじさんは待ってま
したとばかりに、あいよっ、とフタを開けた。
その瞬間辺りは煙に包まれた。
突然のわけわからない状況におじさんは切れか
けたが、煙が消えると猫が何事もなかったよう
に土鍋を半周ほどしてさらに縁の匂いを嗅いで
から前足からほいっと中に入ったからほっとし
た。おじさんは猫の動作があまりにしなやかで
もう一度見たくなり、猫を土間へ餌でおびき出
してからまた土鍋の前に陣取って猫が来るのを
待った。猫はまもなく戻って来てやはりさっき
と同じように匂いを嗅いで鍋の中に。おじさん
はこのくり返しにすっかりはまってしまった。
300年、ワープしていたとも知らずに。
後日、時代がまったく変わってしまったことに
それなりにショックは受けたが、新しい時代に
慣れるのはそう難しいことではなかった。人と
いうのはどうもある一定の年齢になると、昔は
ああでよかっただのこうではなかっただの懐古
の念が目覚めるようで具体的にならなければ話
は合った。もう事は起こってしまったので心置
きなく土鍋で鍋もした。新しい友達をうちに呼
んでグツグツやりながら、
「じゃあ300年前に行きたいか」と聞くと、
「それは嫌だ」と彼らは言った。100年前で
も50年前でも嫌だと言う。
「人って面白いよな」、土鍋の中で丸くなっ
ている猫におじさんは喋りかける。
「結局、下手したら自分が貧しい身分の階級に
いるのかもしれないし、たとえ上流階級にいた
としても今ほど好きなものを着て食べ、馬じゃ
ありえないスピードで地上を移動し旅もするよ
うな公爵的ライフを捨てたくないんだろうよ」
おじさんの言葉をすっかり理解している猫は目
を細めてこう答えた。
「それが面白いかどうかは判断できないけど、
それよりなんで人ってのは僕の丁度いい寝床に
自分らの食いもんを入れてグツグツやるんだろ
う」
「うんうん、そうかそうか、よーしよし」
やっぱり猫の言葉を分かっているというのは、
おじさんの思い込みのようだった。
た。おじさんは子供の頃、山寺の和尚に雀や鶴
や猿の出てくる昔話を聞ききながら育ったから
動物と普通に会話をできると思い込んでいた。
信じると不思議なもんで、一語一語手に取るよ
うに分かったもんだ。
ある日のこと、おじさんはそわそわして押し入
れの奥から土鍋を取り出してきた。昔助けたこ
とのあるイジメられていた亀の母親にもらった
あの土鍋のことだ(言い伝えの中ではカッコが
つかないからかいつのまにか玉手箱に変えられ
てしまったようだが、土鍋だ)
亀はあの時、こう条件を付けてきた。
「絶対にこれで鍋をしてはなりません」
先述の昔話ではけっこうさらりと語られるこの
場面だが、実際こう言われたおじさんは、それ
ならいらない、と断った。けっこう嫌なことは
嫌と言える性格だった。亀はあからさまに機嫌
を悪くしサッと向きを変えたと思ったら波に消
えた。残された鍋をそのままにしておじさんも
歩き始めたら、
「兄ちゃん、ゴミは持ち帰らんとアカンよ」、
と通りすがりのカモメに言われ、しぶしぶ持ち
帰ったものだった。
ところが最近近所の猫好きから仔猫をもらい、
猫が土鍋の中で寝るのが好きだということを教
えてくれたから、さっそくあの時の土鍋をいそ
いそと出して来たわけだ。聞いていた通りすぐ
に猫は寄って来て、興味深そうに桃色の鼻を突
き出してスンスン嗅いだ。おじさんは待ってま
したとばかりに、あいよっ、とフタを開けた。
その瞬間辺りは煙に包まれた。
突然のわけわからない状況におじさんは切れか
けたが、煙が消えると猫が何事もなかったよう
に土鍋を半周ほどしてさらに縁の匂いを嗅いで
から前足からほいっと中に入ったからほっとし
た。おじさんは猫の動作があまりにしなやかで
もう一度見たくなり、猫を土間へ餌でおびき出
してからまた土鍋の前に陣取って猫が来るのを
待った。猫はまもなく戻って来てやはりさっき
と同じように匂いを嗅いで鍋の中に。おじさん
はこのくり返しにすっかりはまってしまった。
300年、ワープしていたとも知らずに。
後日、時代がまったく変わってしまったことに
それなりにショックは受けたが、新しい時代に
慣れるのはそう難しいことではなかった。人と
いうのはどうもある一定の年齢になると、昔は
ああでよかっただのこうではなかっただの懐古
の念が目覚めるようで具体的にならなければ話
は合った。もう事は起こってしまったので心置
きなく土鍋で鍋もした。新しい友達をうちに呼
んでグツグツやりながら、
「じゃあ300年前に行きたいか」と聞くと、
「それは嫌だ」と彼らは言った。100年前で
も50年前でも嫌だと言う。
「人って面白いよな」、土鍋の中で丸くなっ
ている猫におじさんは喋りかける。
「結局、下手したら自分が貧しい身分の階級に
いるのかもしれないし、たとえ上流階級にいた
としても今ほど好きなものを着て食べ、馬じゃ
ありえないスピードで地上を移動し旅もするよ
うな公爵的ライフを捨てたくないんだろうよ」
おじさんの言葉をすっかり理解している猫は目
を細めてこう答えた。
「それが面白いかどうかは判断できないけど、
それよりなんで人ってのは僕の丁度いい寝床に
自分らの食いもんを入れてグツグツやるんだろ
う」
「うんうん、そうかそうか、よーしよし」
やっぱり猫の言葉を分かっているというのは、
おじさんの思い込みのようだった。